中村憲剛の引退後の5年間を振り返る
- 江戸川大学マスコミ学科

- 2月21日
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更新日:3月1日
川崎フロンターレの歴史と中村憲剛
川崎フロンターレ一筋18年の中村憲剛が、引退を決断してからの5年間を振り返っています。彼は35歳だった2016年に、40歳での引退を決意しました。個人のことも、チームのことも、赤裸々に書いています。特に印象的なのが、2017年と2020年です。

フロンターレは2016年まで準優勝を7回経験しましたが、優勝は0でした。タイトル獲得は悲願でした。そんな中で挑んだ2017年シーズンで、ついにJ1を制しました。中村は人一倍タイトル獲得を喜びました。試合が終了し、優勝が決まった瞬間、中村は膝から崩れ落ち、ピッチにうずくまって泣きました。この試合を観戦していた私も、中村の姿を見て涙が止まりませんでした。2017年は、優勝するまでにいくつもの苦悩がありました。チームとして調子が上がらなかった序盤戦や、またしても準優勝に終わったリーグカップ。喜びだけでなく、もどかしさや苦しみも書かれています。
中村憲剛の挑戦と復帰
2019年、中村は前十字靭帯損傷というサッカー選手にとって致命的ともいえる大けがに見舞われました。翌年引退しようと決めていた中での大けがでした。しかし、中村は「ここから甦り、J1の舞台で活躍して引退する。誰もやったことのないことにチャレンジして多くの人に勇気や希望を与えることが選手としての終わりかもしれない」という思いのもとにリハビリを続けました。
そして迎えた復帰戦。後半32分から301日ぶりの出場を果たすと、見事にゴールを決めました。コロナ禍で観客は5000人も入らず、声も出せず、応援は拍手のみでした。2020年、フロンターレは2冠を達成しましたが、その優勝した瞬間よりも、この時の方が私はうれしかったです。会場の拍手も大きかったように思えます。
家族との絆と感謝
「ラストパス」では、プレーについてと同じくらい家族についても書かれています。3人目の子供誕生の瞬間や、引退を報告したときの家族の様子、夫婦間での密なやり取りなど、家族を大切にしてきた中村だからこそ書ける暖かい話が多く出てきます。息子の龍剛が引退セレモニーで読んだ手紙が巻末に添えられています。家族として、サポーター代表として、小学6年生だった龍剛が一人で書いた手紙をぜひ読んでほしいです。
中村憲剛の人生哲学
中村は順風満帆な生活を送った選手ではありませんでした。学生時代は決してプロ注目選手ではなく、長い間優勝に縁がなく、妻の命が危ぶまれたこともありました。しかし、自分に矢印を向ける、つまり自分にコントロールできることに集中して成功を収めました。中村憲剛を知っている人でも知らない人でも、人生について考えられる内容です。そんな「ラストパス」がちりばめられた一冊です。
まとめ
中村憲剛の引退後の5年間は、彼自身の成長と挑戦の物語です。彼の経験から学べることは多く、私たちも彼のように困難を乗り越え、前に進む勇気を持ちたいと思います。流山ラグビークラブGREAT HAWKSは、子どもたちがラグビーを通じて心身ともに成長できる場を提供し、地域に根ざしたスポーツ文化を育むことを目指しています。




